氏 名
山口 一郎
 所 属
東燃清水OB会
 掲 載 日
令和03年04月08日
表 題

 日米友好桜物語

本   文 

 私の散歩コースにある船越堤公園の桜が、その花言葉の「優美な女性」にふさわしく華やかに咲き競っています。清水油槽所のタンク、清水港、世界遺産富士山(2013年登録)の構成遺産のひとつ三保松原、遠くには霊峰富士山(北東約40km)、駿河湾越しには伊豆半島の天城連山が遠望できます。

 先日、米国の首都ワシントン中心部のポトマック川沿の桜が満開を迎え、マスク姿の大勢の人々でにぎわっているとの新聞記事がありました(4月1日朝日新聞)。

 私の町の公園の桜は、清水区興津中町(東海道17番目の宿場町)で育てられ、日本からアメリカ・ワシントンに渡った桜が里帰りしたものです。日米親善を花外交により1世紀以上の長きにわたって果たしている桜の歴史物語を紹介しましょう。

 公園の桜は、昭和56年東京都足立区がポトマック河畔から里帰りしたものをもとに、昭和59年に接木養成し、これを清水市が譲り受け、翌昭和60年3月ソメイヨシノ25本、アケボノ25本を植えたものです。

 ポトマック河畔の桜は明治40年アメリカの陸軍長官タフト(William Howard Taft、後の第27代大統領 在位1909~1913)夫妻が訪日した時、タフト夫人が日本の桜を欲しいというので、尾崎行雄東京市長が日米友好の証として苗木屋から苗木2,000本を買い、ワシントンに送りました。ところが、アメリカでの植物検査で病害虫が発見され、全て焼き捨てられました。これを知った東京市長は名誉挽回のため、苗木育成を興津園芸試験場(明治35年4月開設)の熊谷八十三技師(のち試験場長 )に依頼しました。

 場内にはポトマック河畔の兄弟桜が今も育てられている。穂木は東京荒川堤の桜並木から採り、興津園芸試験場で明治44年2月に接木し、ソメイヨシノの他十数種類6千数百本を日本の名誉にかけて肥培管理に努めました。そして翌明治45年2月8日、これら苗木は汽車で興津駅から横浜駅を経て、3月下旬ワシントンに到着し、農務省専門官が綿密な検査を行った結果、害虫や病害もなくワシントン河畔に3千数百本が植樹されました(他の3千本はニューヨークへ)。ワシントンポトマック河畔の桜は毎年咲き乱れ、昭和2年には桜祭りが始まり、今も地元の人々の誇りとなっています。

 静岡市にはさくら女王が表敬訪問するなど、平和・友好外交の絆は脈々と繋がっています。

以上 

   
 
船越堤公園の桜と富士山
 
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