氏 名
 林 能弘
 所 属
東燃和歌山OB会
 掲 載 日
平成29年11月24日
表 題

 喜寿を迎えて

本   文 

 喜寿のお祝いを戴き、有難う御座います。 それもお祝い金は本年が最後との事、これまでのOB会規約作成時、和歌山OB会を代表して参加させて戴いた者として、誠に恐縮しております。

 昭和30年「東亜燃料工業」「紀勢線・初島駅」の何たるものかも分からずに、勧められるままに入社試験を受け、4月に入社、丸坊主での通勤が始まりました。 爾来、41年そしてその後の協力会社16年間を併せると、実に58年もの長い会社生活を送らせて戴くことが出来ました。 これも偏に良き上司・先輩はじめ沢山の皆さんのお陰と感謝しております。 本当にイイ時代、イイ会社に勤めさせて戴きました。

 東燃では2年間の川崎工場勤務も合わせ、総じて製油部での仕事でした。 特に、和工・FCC係は在籍も長くまた、在籍後半の4年間、思いもかけず休職で、組合専従の仕事をさせて戴いた思い出の濃い時代であり、そして愛着のあるプラントでした。 この期間中のいろんな経験・体験は、その後の仕事に大いに役立ちました。

 会社では楽しいことも沢山あった筈なのに、何故か直ぐに思い浮かぶのは、苦しかった事、残念だった事です。 中でも操油課時代、O-1桟橋に着桟中のタンカーからの原油溢流事故は大変でした。 何処か感じるものがあり、着桟当日は休日に関わらず出勤し、問題解決に至っていただけに、翌早朝の事故は残念 の極みでした。 当日から荒れた海、慣れない小舟、激しい船酔いでの回収作業は長く続きました。 最後は爪楊枝を持っての、極小オイルボールの確認まで、工場全ての皆んなの協力のお陰で乗り切ることが出来ました。 感謝・感謝でし た。 何か事があれば、全員で事に当たる。 このチームワークこそが、東燃の強みであり、力だと思っておりました。

 今回の合併により「東燃」の名称は消えました。 世の流れなのでしょうが、HPでのOB会便りと同時に、会社近況も見せて戴いていただけに、寂しい気持ち はひとしおです。 唯、OB会としては今後も引き続いてやって戴けるとの事、期待しております。

 退職後は、週2,3回の市立体育館でのシェイプアップ教室通いで体力低下を防ぎ、チョットしたボランティア活動、小旅行等でのんびりと元気にやらせて戴いております。

以上 

   
 
前列中央が本人
 
     
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