氏 名
 栗原 宏文
 所 属
東燃本社OB会
 掲 載 日
平成29年06月08日
表 題

 喜寿を迎えて

本   文 

 この度は喜寿のお祝い、大変ありがとうございました。折角の機会ですから、東燃に入社してから、今日まで、色々、思い出すことを列挙してみます。
 まず、1963年に和歌山工場のFCC係に配属。翌年、本社技術部計装技術課に配属後、米国MIT化学工学部大学院に3年間留学。留学中に夏季従業員として1964年にはEREでプロセス制御の、翌年にはテキサス州にあるベイタウン製油所でFCCの仕事。学位論文はFCCの最適制御に関する研究。1967年に帰国、復職後、1969年にポーランドのワルシャワで開かれた国際自動制御学会大会で論文を発表。1972年頃、和歌山工場のFCC最適化計算機制御を実施し、内容をEREのシステム技術会議で発表。1975年頃、同期入社の和歌山工場製油部副長、山本健三君の不慮の死による葬儀に、本社同期の代表として参列。1981年から一年間、EREに出向し、FCCの仕事。1982年に帰国してから、和歌山、川崎両工場のFFC触媒の変更が成功裏に。1984年から3年間、エクソン全体のFCC技術委員会のメンバーに。東燃には本当に感謝しています。

 1995年に、早期退職して、松山にある愛媛大学で法文学部教授として情報技術やメディア・コミュニケーション論等を担当して11年間。2001年頃、愛媛県の中学歴史教科書採択問題に遭遇し、2005年には、扶桑社から「歴史洗脳を解く(ネット授業で大学生はどう変わったか)」という本を出版。愛媛大学で「市民のためのメディア・リテラシー」公開講座等を開催。

 2006年に定年退職後は、地域でメディア懇談会を主催したり、詩吟、囲碁、社交ダンスをしたり、そして最近は俳句にも興味を持っています。今年の5月の連休には、孫達を連れて石垣島に行き、由布島の水牛車が印象に残ります。写真はその際のものです。

以上 

     
 
石垣島空港近くの展望台にて
 
由布島にて
 
         
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