氏 名
松田 靖彦
 所 属
東燃本社OB会
 掲 載 日
平成27年05月24日
表 題

 米寿を迎えて

本   文 

 此度OB会総会に於いて米寿の表彰を受け、お祝ひ迄頂き厚く御礼申し上げます。東燃グループを離れて30年経ち未だにこの様な御厚情に接し、何やら申訳ない気持で一杯です。之は皆、今迄御世話にあづかった上司、先輩から同僚、後輩迄の方々のお陰であることを思ひ、更めて感謝する次第です。

 茲で今迄の事を振返って見ますと、戦後復興期に入社し、高度成長期にかかり、その間石油危機などもありましたが、概ね右肩上りの活気ある時代に重なり、本當に幸せな時代を過したと思ひます。更に東燃グループ退職後はエネ研の「石油情報センター」に7年間お世話になり、この間給油所のガソリン價格調査、速報などにも携わりました。その後完全フリーとなってからの約10年程は、同期の早川さんと弥次㐂多道中よろしく、五街道始め例幣使(れいへいし)街道、水戸街道、鎌倉街道から絹の道迄約2千粁を歩いた事も。又会社のワンゲル部仲間の中島さん、宮崎さんとはスイスアルプス、ヒマラヤ裏街道を行くツアーにご一緒し、極楽へ行った様な高揚した気分を味はひました。

 然し平成14年75歳の時に、思ひがけず「狭心症」の発作に見舞われ、即入院し心臓冠状動脈のバイパス手術を行ひ、一命をとりとめました。「狭心症」の発作については、先輩の仲田さんから「胸が詰まる様な発作には気を付けよ」と云われていたのを思ひ出し、即行動したのがよかったと思ひます。之も更めて故人に感謝している次第です。その後は80台後半より各機能が衰え始め、矢張り「やりたい事は出来る内にやれ」と云う平凡な結論に達せざるを得ませんでした。

 色々と思ひつく儘にまとまりのない事を書き連ねて来ましたが、終りに会社の絶大な御後援とOB会の絶えざる御努力によって、この幸せを感じさせて頂いた事に感謝致しますと共に、益々の御発展を衷心より祈念する次第であります。

(添付写真)

写真1) 南木曾・桃介橋:左より、早川福二さん、本人
 平成10年4月71歳の折、中山道南木曾(なぎそ)の木曾川にかかる「桃介橋(とうすけばし)」という吊橋の処で早川さんと撮ったものです。因みに桃介とは大同電力社長・福澤桃介のことで、氏は川上貞奴の二番目の御亭主だった由です。

写真2) 本社OB会懇親会:左より、森利英さん、中島満雄さん、本人

以上 

     
 
写真1
 
写真2
 
         
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