氏 名
柴田 雄蔵
 所 属
東燃和歌山OB会
 掲 載 日
平成27年02月23日
表 題

 久野原の「御田(おんだ)」

本   文 

 2月11日、和歌山OB会の向井さんから「御田を見に来ないか」と電話が入った。
絶好の祭り日和である。和歌山工場がある初島町から有田川の上流へ車で1時間20分、
有田川町久野原(くのはら)に着いた。

 御田は和歌山県の無形民俗文化財に指定されており、田に神を呼び豊穣を祈る祭り、「御田祭」や「御田植祭」が簡略にされた呼称という。

 祭りの関係者が御田宿(おんだやど)で身を清め、着付けして“お渡り”へと移る。この行事
を含めて、祭りの終りまで太鼓と謡囃子(うたいばやし)が、のどかな山村に一日響き渡った。

 “お渡り”は岩倉神社までの約300mの馬場を、27番ある謡囃子を唄いながら粛々と進む
ので30分を要する。この様子は嘉永四年(1851)に完成した「紀伊国名所図会」にも描か
れており、歴史から考察すると祭りは15世紀前半頃に始まったとされている。

 御田の舞は、神社の境内に舞台をしつらえ、婿と舅が話しながら田作りから田植え、稲刈
りから神様への籾供(もみぞなえ)を終えるまでの様子を22の場面(22番唄)に作られている。
二人の話は、舞台に向かい合って着座した10名ずつの謡衆が婿と舅の役に分かれて太
鼓に合わせて延々と唄う1時間半の舞台である。要所に出てくる早乙女がなんともかわいい。

 単調で三度ずつ繰り返す謡囃子、現在人には観賞がしんどいかもしれない。しかしこの地
に住んだ先人は地頭の横暴に苦しみ、冷害におびやかされる生活の中で、この祭りに一年
の豊穣を祈るには、まだ時間が足りなかったかもしれない。そんなことを話しながら向井さんと帰途についた。

  写真1 御田宿での祭り初めの唄
  写真2 「紀伊国名所図会」に描かれたお渡り
  写真3 御田当日のお渡り
  写真4 牛呼び・田おこしの場面
  写真5 苗褒め(苗代が順調で感謝する)場面
  写真6 田うえの場面

以上 

       
 
写真1
 
写真2
 
写真3
 
             
       
 
写真4
 
写真5
 
写真6
 
             
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