氏 名
豊田 乾
 所 属
東燃本社OB会
 掲 載 日
平成25年07月08日
表 題

 短歌便り-34(夏は来ぬ)

本   文 


 梅雨に濡れ陶の蛙はかしこまり撒き餌に集う雀見守る

 梅雨の間の暗き木陰にただよえる梔子(くちなし)の花の甘き薫りよ

 梅雨の闇に甘き香りをただよわせ梔子の花は真白くひらく

 闇に薫る梔子の花は白々と「裸のマヤ」の肌の思ほゆ

 潮騒も囀りもなき静けさや霧深き朝里山も見えず

 汚れ増す川に今年も鮎遡る道行く人に声かけ知らす

 ホロホロと(あられ)降るごと花散らす(もち)の梢に蝶のむらがる

 蝶々の(むくろ)を曳きて長々と葬列のごと蟻の連なる

 蕾兆す薔薇の新苗を(あがな)えりもう三年は生きねばと思う


 素堂の句「目には青葉山時鳥(ほととぎす)初鰹」の季節が巡ってきた。初夏は梅雨(つゆ)に始まる。わが狭庭の撒き餌に集まる雀も三十羽を超えた。それを庭隅に置いた陶の蛙が雨に濡れながら、かしこまった様子で見守っている。

 梔子の白い花と甘い香りは梅雨時の慰めである。艶めかしい花と薫りはゴヤの名画「裸体のマヤ」を連想させる。

 梅雨の走りには時折り早朝深い霧が立ちこめる。霧が音を吸収するのか、毎朝賑わう野鳥の囀りも、潮騒の音も絶え、神秘的な無音の世界となる。

 里山からの湧水のお陰で毎年近所の小川には無数の稚鮎が遡上してくる。嬉しくなり、通りがかりの見知らぬ人にも鮎の群れを指差し教えてあげる。

 黐(もち)の花は房状に細かい花をつけ甘い香りをただよわせ、多くの蝶が集まる。蝶は霰(あられ)か米粒のように花を散らしながら蜜を吸う。

 蟻が獲物の蝶の死骸を掲げて長々と続く。まるで、蝶を弔う葬列のようだ。
昨年、除草剤を誤って撒き、数本の薔薇を枯らしてしまった。気を取り直し、蕾をつけ
た薔薇の新苗を買い植え付けた。花がきれいに咲くまでは生きようと自らを励ました。

以上